大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)4806号 判決 1959年7月22日
原告 六三名選定当事者 徳居伊三吉
被告 十倉紙製品株式会社
主文
被告は原告に対し、金一、六〇七、七二四円及びこれに対する昭和三一年一一月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決中主文第一項は、原告において金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金二、一九七、八七二円及びこれに対する昭和三一年一一月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、別紙選定者の表示記載の選定者ら六三名はもと被告会社(昭和三一年九月一日以前の商号は十倉ノート株式会社)にその従業員として期間の定めなく雇傭されていたものであるが、昭和三一年六月末日、同会社の都合によつて、同日限り全員解雇された。
二、被告会社は右解雇に際して右選定者らに予告手当の支払いをしなかつたが、右選定者全員の労働基準法第二〇条第一項所定の三〇日分の平均賃金は、別紙個人別予告手当明細表記載のとおりであつて、その総額は金五九〇、一三八円である。
三、右選定者らの中別紙個人別退職金明細表記載の上野重宗他二五名はいずれも被告会社就業規則並びに別紙退職金規定所定の退職金受給資格者であつて、右退職金規定によるこれらの者の退職金の計算根拠及び金額は右退職金明細表記載のとおりで、その総額は金一、六〇七、七三四円である。
四、よつて前記選定者ら六三名によつて選定せられた原告は被告会社に対し、前記解雇予告手当並びに退職金合計二、一九七、八七二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三一年一一月二四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ、と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
被告会社の昭和三一年九月一日以前の商号が十倉ノート株式会社であつたこと、選定者ら六三名がもと被告会社の従業員として期間の定めなく雇傭されていたこと、右選定者らの平均賃金額、勤続年数が、それぞれ別紙個人別予告手当明細表並びに同退職金明細表記載のとおりであること、及び被告会社が予告手当を支払わなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお被告会社は昭和三一年八月二〇日、同日設立の、当時被告会社と同一商号であつた訴外十倉紙製品株式会社(後昭和三一年一〇月一日商号をマルヰ紙製品株式会社に変更)に対し、商号、工場、工員、在庫品、営業権及び諸設備等営業一切の包括的譲渡をなしたものである。従つて選定者らが退職あるいは離職等の失業の状態になつたことは一瞬といえどもなかつたのであるから退職金ないしは予告手当支払いの義務はない、と述べた。
証拠<省略>
理由
一、被告会社の昭和三一年九月一日以前の商号が十倉ノート株式会社であつたこと、選定者ら六三名がもと被告会社の従業員として同会社に期間の定めなく雇傭されていたことは、当事者間に争いがない。
二、そこでまず原告の本訴請求中予告手当の支払いを求める部分について検討する。
原告は、選定者らは昭和三一年六月末日、被告会社から会社の都合により同日限りで全員解雇されたと主張するのでこの点につき判断するに、いずれもその成立に争いのない甲第二号証の三ないし五、同第五号証の一ないし六一及び証人樋口滋人、同桑森次夫、同安居鹿雄、同小谷野慶子の各証言ならびに被告会社代表者十倉清太郎本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち被告会社はもと十倉ノート株式会社(以下十倉ノートと略称する)の商号で営業をなしていたのであるが、昭和三一年六月頃から資金難による経営不振に陥つたため、当時その代表者であつた訴外十倉清太郎において、訴外紀州パルプ株式会社(以下紀州パルプと略称する)の援助を受け事業を好転させようと図つたところ、右十倉ノート経営の実権は紀州パルプ側の掌中に帰する結果となつたので、これを快しとしない訴外十倉清太郎は紀州パルプ側と協議の末同年七月五日頃に至つて右十倉ノートにつき存続のまま事業を閉鎖停止し、別途に十倉紙製品株式会社(以下十倉紙製品と略称する)なる商号を有する新事業体を興すこととし、十倉ノートにおいては七月一日に遡つて同日付でその資産である営業権、機械設備、在庫品の大部分を右新会社に譲渡するほか、更にその有する不動産を同会社に対し賃貸するが、十倉ノートの有する債務は右新会社において何等承継しないことに決したこと、またその際、事業閉鎖当時十倉ノートに雇傭されていた本件選定者ら六三名を含む全従業員については、その全員の雇傭関係を新会社に引き継いで貰いたい旨十倉ノートにおいて紀州パルプ側へ申し入れたけれども、右は同側の受け入れるところとならず、結局十倉ノートはその従業員全員を同年六月三〇日付で解職した上、同年七月一日付で新会社が右の者全員を新規採用することとなつたこと、かようにして十倉ノートの営業権、機械設備、在庫品等の大部分は右により同日付で新会社に譲渡され、同月五日頃十倉ノートの従業員は十倉ノートの意を体した紀州パルプ側関係者から右十倉ノートの事業閉鎖と新会社の発足、ならびに従来十倉ノートに勤務していた全従業員は一旦同年六月三〇日付で解職せられるけれども希望により新会社が同年七月一日付で採用する旨通告されたが、本件選定者ら六三名を含む十倉ノート従業員は全員これを諒とし新規採用願を新会社宛提出して採用されたため、一日の休みもなく勤務を続けなお給料は十倉ノートが従前支給していた金額と同額を新会社において支給したこと、その後離職者につき所轄職業安定所へ離職届が提出されたこと、右新会社の名目上の社長には前記訴外十倉清太郎が就任したが、訴外紀州パルプ側からも訴外樋口某が経営管理のため入社し、むしろ新会社の実権は同訴外人らの紀州パルプ側が掌握したため、間もなく訴外十倉清太郎は右新会社を退き、同年九月二日十倉ノートの商号を十倉紙製品株式会社と変更して事業を再開し、他方ではこれまで設立中の会社たるにすぎなかつた新会社も同年八月二〇日に至つて設立登記を了したので一時は十倉紙製品株式会社なる同一商号を有する二個の別会社が同居するという奇観を呈したが、同年一〇月二一日、新設の十倉紙製品株式会社はマルヰ紙製品株式会社と商号を変更したこと、同年九月四、五日頃新設の十倉紙製品株式会社に本訴原告を組合長とする十倉紙製品株式会社労働組合が結成され、同月中旬から被告会社に対する解雇予告手当、退職金支払請求の団体交渉が開始されたことを認めることができる。証人小谷野慶子の証言、被告会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)中右認定に副わない部分はこれを前掲各証人の証言に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定によれば、被告会社の前身十倉ノートはその従業員たる選定者らを一方的に解雇したものではなく、同会社の前記事情に基く合意解雇の申込を選定者らにおいて暗黙のうちに承諾したものと認めるのが相当であるから解雇予告手当支給の問題を生ずる余地はない(若し、これが使用者の一方的解雇であつたなら、予告手当の支払いを伴わない即時解雇は無効であるから労働者は使用者に対し賃金請求権を失うものではなく、この場合と雖も予告手当はこれを請求しえないことにおいて異るところがない)。よつて原告の本訴請求中被告会社に対して解雇予告手当として金五九〇、一三八円の支払いを求める部分は被告会社その余の主張に対し判断するまでもなく失当である。
三、次に退職金の支払いを求める部分につき検討する。
成立に争いのない甲第一号証と証人安居鹿雄、同小谷野慶子の各証言を綜合すれば、被告会社には、本件選定者ら六三名を含むその全従業員が退職した当時原告主張の如き退職金規定が存し、実施されていたことが認められ、しかも前段認定の事実によれば、右退職は一応双方の合意に基くとはいうもののその当時被告会社としては予め従業員の意思を問う余地もなく、かかる処置にでることを余儀なくされてなしたものであつて、選定者らはやむなくこれに応ずるの外なかつたものなることが明らかであるから右は前記退職金規定第二条第四号の「自己都合により退職したる時」に当らないことは勿論であり、本件の場合にそのままあてはまる条項は見当らないけれども、その第三号「会社の都合により解雇したる時」に準じ同号により処理するのが相当と認められる。
四、ところで被告会社は、昭和三一年八月二〇日、同日設立の被告会社と同一商号であつた訴外十倉紙製品株式会社(後昭和三一年一〇月一日商号をマルヰ紙製品株式会社と変更)に対し、商号、工場、工員、在庫品、営業権及び諸設備等営業一切の包括的譲渡をなしたものであつて選定者らが退職あるいは離職等失業の状態になつたことは一瞬といえどもなかつたのであるから退職金を支払うべき場合に当らないと主張するけれども、そもそも営業の譲渡がなされた場合においても、譲受人において譲渡人が従前雇傭していた労働者の引き継ぎを強制されるべきものではなく、また労働者も新しい企業者との間にまで労働関係を持続すべく義務づけられるものではないから、営業譲渡当事者がその合意により労働者の引き継ぎを具体的に協定し他方労働者もこれに同意するならば格別、従前の労働関係が当然に譲受人に移転するとはいいえないものと解すべきところ、本件においては、全証拠によるも右協定、同意のあつたことを認めえず、むしろ前認定の如く、新会社は従前の雇傭関係の承継を拒否し、ために選定者らは一旦被告会社から解職せられた上新会社に新規採用されたものであるのみならず、退職金の計算については勤続年数が関係すること大であるから、選定者らが失業状態になつたことがなかつたからといつて被告会社に退職金支払いの義務がないとはいえない。被告会社の右主張はとうてい採用できない。
五、そうして原告主張の別紙各人別退職金明細表記載の上野重宗他二五名の選定者に関する各平均賃金額ならびに勤続年数が同表記載のとおりであることは当事者間に争いがないところ前記退職金規定はその勤続年数が一年未満の端数期間を伴う場合の算定方法について何ら定めるところがないけれども退職金はその性質にかんがみ特段の事由がない限り右の端数期間についてもそれに対応して支給されるべきものと解すべきである。それ故被告会社は原告に対し、同表記載二六名の選定者らに支払うべき退職金(羽淵康範に対しては金三五、六五一円、その余は原告主張のとおり)合計一、六〇七、七二四円を支払う義務がある。
六、なお、本件記録には被告会社名義の念書と題する書面(昭和三三年五月一日付)ならびにそれに続いて選定者喜田寿一他一九名名義の取下書と題する書面(昭和三四年五月一六日付、被告会社訴訟代理人同意の旨記載あり)が編綴されており、右書面の記載によれば、右の選定者喜田寿一他右書面末尾に署名捺印した一九名は本件訴を取下げるというのであるが、本件の如く選定当事者がある場合において選定者が自ら訴を取下げるにはまず選定当事者を解任して自らが当事者となつた後においてこれをなすべきであるから、選定当事者を解任せずしてなされた右訴の取下はその効力を生じないものといわねばならない。
七、以上の次第であるから、原告の被告会社に対する本訴請求は、退職金合計一、六〇七、七二四円とこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三一年一一月二四日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度においてこれを正当として認容しその余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宅間達彦 常安政夫 仙田富士夫)
(別紙「選定者の表示」「明細表」省略)
(別紙)
退職金規定
第一条 就業規則第三十条により従業員に支給する退職金はこの規定の定むる所に依る
第二条 退職金は勤続三年以上の従業員にして左の各号の一に該当する場合に支給するを原則とする
一、負傷疾病老衰等に因り業務に耐えざるにより解雇したる時
二、死亡したる時
三、会社の都合に依り解雇したる時
四、自己の都合により退職したる時
但し懲戒解雇させたものを除く
第三条 在職中業務上顕著な功績のあつた者其の他特別の理由のある者の退職するときは増額支給することがある
第四条 退職金の額は支給を受けるべき者の最終の平均賃金に別表の数字を乗じた額とする
第五条 退職金は退職後七日以内に総額を支払うことを原則とする
別表
勤続年数
3年
4年
5年
6年
7年
8年
9年
10年
自己退職
四項該当
20日
27日
33日
40日
47日
53日
60日
67日
会社の都合による解雇他
一、二、三項該当
60日
80日
100日
120日
140日
160日
180日
200日
以下一年を増す毎に
(四項該当)自己退職の場合二十日の1/3
(一、二、三項該当)会社の都合其の他二十日を増す
注 就業規則附属規定として昭和二十五年十二月一日より実施する事を労働基準監督署に対して届出済である